【はじめに】
前日に引き続き「見積」関係のセッションを受講した。本音を言うと、雑誌等での馬場氏の印象は理論派からは程遠く、SEへの叱責ばかりであったためにあまり多くを期待してはいなかった。しかし講演を聴講してなるほどと頷く箇所が多く、今までの自分がやっていたことの整理がついた。講演には、○×手法や開発方法論の「従わねばならぬ」といった強迫観念や優等生的な理論はなく、まさに現場で培われた「経験則」であり、非常に興味深く聞くことができた。
【1. 見積りは売るために行うもの】
17項目の箇条書きのうち、馬場氏は以下の項目をマークアップされていた。
・「売れて利益が出ないと意味がない」
・「販売活動の時から見積りは始まっている」
・「販売活動を行うSEは、成約の後そのシステムを開発するプロジェクトマネージャかリーダーが行うこと」
講演では「お客様はSEが考えているほど強くはない!」ということを強調されて、以下のような論旨を展開された。正確なヒアリングは、聞くのではなく聞き出すこと。言い間違い・言い漏れ・勘違いはつきものと考えるべきで、こういったことが日本のSEはできていない。これを知らないとファンクションポイント法も何もあったものではない。見積りはアカデミックではない。一方のユーザー(=情報システム部)については、欧米と比較しても1/10の人数でカバーしようとしているなど、構造的な問題から見積り能力を持っていない。
そして、見積りは販売活動の時から始まっており、考えて会話しながら“読む、決める”ものである。経験則として、この時点で約1/3はプロジェクトの成否が決まる。逆に言うと、売りと開発が別のプロジェクトマネージャ、リーダーであれば、それまでに積み重ねたヒアリングが全部パーになってしまう。それでうまくゆくわけがない。
更に「ユーザーには『膨れ上がる』という言葉はない、それは聞き出せていないだけだ」という言葉には、ハッとさせられた。最近、「要求定義」に対して「要求開発」という言葉を目にするが、まさにユーザーが自身の「要求」を知っているというのは幻想であり、ユーザーとベンダーが共に「要求」を開発すべきだと感じていた。
【2. 提案システムが開発できなければ意味がない】
11項目の箇条書きのうち、馬場氏は以下の項目をマークアップされていた。
・「まず提案システムが開発できるかどうか考える」
・「次にプロジェクトマネージャ、サブリーダーなどキーとなるSEを決める」
講演では「どれぐらいでやるかは能力のあるSEの腕次第」ということを強調されて、以下のような論旨を展開された。
「アプリケーションプロジェクトはアプリケーションが分かるSEがアサインされるべきであり、そうでなければユーザーはたまったものではない。ユーザーに対して失礼だ。このときの視点は『このメンバーなら責任を持って何とかなる』というメンバーだ。しかしこの手法の分岐点は約300人月であり、これを超えると頑張って何とかなる限界を超えた『未知の世界』だ」
必然的に「人月見積りよりキーとなるSEが先、決して逆ではない」という主張だが、これはPMBOKの常識に真っ向から「反逆」していることになるが、大いに頷けた。
【3. SEの誰がどんな仕事のやり方を行うかで生産性が異なる】
15項目の箇条書きのうち、馬場氏は以下の項目をマークアップされていた。
・「プロジェクトというものは、キーとなるSEのスキルや仕事のやり方で生産性が異なる」
・「特に、SEの能力差が小規模プロジェクトほど生産性に大きく影響する」
・「類似システムだと1回目より2回目、2回目より3回目の方が生産性が高い」
講演では、日本IBMの冨永氏がまとめたグラフ「開発規模による開発負荷の増加」を引用して、小規模プロジェクトこそ誰がやるかという個人差が大きい、ということを強調された。こういうことを知らずに(あるいは無視して)算数的に見積もっていては合うはずがない。特に3000万円以下は、ファンクションポイント法でやったら絶対に合わない、と主張されていた。
では、具体的にどのような「仕事のやり方」がベストかというと「先手を打てる」、「顧客の部課長と進捗管理」、「今日の打合せは明日確認」などの具体例を示され、大変参考になった。
【4.見積り手法に王道はない】
10項目の箇条書きのうち、馬場氏は以下の項目をマークアップされていた。
・「要件定義成果物をベースに、複数の見積り手法で見積る」
・「社内や雑誌などでの事例データを日頃集め、メモをとっておくと便利」
・「ボトムアップのWBSなどでは経験則3を加味する。スキル不足ケースはスキルアップ計画なども加味」
講演では、PMリサーチの岡村氏がまとめられた「トップダウン見積りとボトムアップ見積り」を図示されながら複数の手法で見積るべきだとし、その上でどこが違うのかを明らかにすべきだと主張された。更に「分割見積り」として、要件定義・外部設計・内部設計までと、開発実施以降に分けて考察され、前者は変動幅が大きいと解説された。
【5. 最後は「エイヤー」で決めるしかない】
16項目の箇条書きのうち、馬場氏は以下の項目をマークアップされていた。
・「各種手法で見積もった見積り値を並べその差異を考える」
・「そして「△△人月で行こう」と実質任月を決める。だが、理論値はあくまで理論値」
・「それにリスク度を加える(10%、30%、50%などなど)」
・「その結果を出来るだけ他の人にも相談する(勘違いや思い込みの防止)」
・「社内原価、外注費、利益を勘案して提示額を決める」
・「SE単価は出来るだけ定時しない、フェーズごとの金額提示などにする」
講演では、「自分自身の見積り誤差を知っておく」ことの重要性を主張された。しかしながら、リスクバッファについては少し乱暴すぎるように感じた。確かに緻密にリスクを定義していったとしても結果的には同値かもしれないが、その後のリスク監視までを考えると、やはりこの時点でリスクを緻密に精査して、その一つひとつの判断を記録しておくべきだと考える。
【(馬場氏の)終わりに】
15項目の箇条書きのうち、馬場氏は以下の項目をマークアップされていた。
・「SIビジネスの見積りは決してアカデミックではない、泥臭いもの」
・「見積りは『こんなに計算すればよい』と言う普遍的手法はありえない」
・「アプリケーションに弱いSEでは見積れない」
・「見積りはSEマネージャかプロジェクトマネージャが見積る」
・「日本の多くのユーザは自分たちでは見積れない」
・「信頼されているSEをお客様は信じるもの、そんなSEがビジネスを伸ばす」
講演では、自分が見積ったものには「責任を持つ」、予算内に「絞り込む」のがプロジェクトマネージャやSEの腕であり、これは見積った人の方がやり易い、と強調されていた。
【(レポーターの)終わりに】
所感だが「見積りは決してアカデミックではない、泥臭いもの」という言葉が、馬場氏の講演を端的に表現しており、アンチPMBOK、反ファンクションポイント法の主張はとても新鮮だった。自身が携わっている比較的小規模なプロジェクトは、まさにPMBOKのような教科書的な手法は、身の丈にあっていないのかもしれない。
現在は、猫も杓子もPMBOKで、それ以外はプロジェクトマネジメントではない、と言われかねないほどだ。確かに50人、100人をコントロールするにはPMBOKのような考え方が有効だと理解できるが、実際に10名ほどのメンバが回している現場には、これと違った手法、方法論があってもよいと思う。例えば、そういった規模の限界点が存在しそうなものとして、アジャイル開発、クリティカル・チェーン、セル方式の組織形態などが出てきている(クリティカル・チェーンはPMBOK2004にも取り入れられているが)。今回の馬場氏の「見積経験則」の講演も、これらと同様に規模の限界点を設けた小規模ITプロジェクトのベストプラクティスではないだろうか。