鷲野 正明(著)
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近年、漢詩漢文にはあまり触れる機会がなくなりました。漢詩漢文は、中国の古典を日本式に読む訓読によって読むことで、中国の古典が日本の古典になり、さらに熟語などになっています。私たちは知らないうちに漢詩の言葉を日常的に使っているのです。70歳を「古稀(こき)」というのは、杜甫の「人生七十古来稀なり」という詩が出典です。野球の「敬遠」も『論語』の「鬼神は之を敬して遠ざく」からきています。漢字の熟語、四字熟語のほとんどは漢詩漢文が出典と思ってよいでしょう。愛誦される漢詩も多く、「春眠暁を覚えず」のようについ口ずさんでしまうものもあります。
高尚で堅苦しいと思いがちな漢詩は、実は親しみやすいものです。動植物や風景、季節などをモチーフに、現代に生きる私たちが共感できるような情感が込められています。ちょっとした時間に漢詩の一節を読むと、古代の中国や日本の人も、こんな風に人生を楽しみ、悩み、悲しんでいたんだなと、疲れてささくれだった気持ちがほどけていきます。この本ではもっと漢詩に親しんでいただけるよう、「美しい言葉」を入り口に、イオクサツキさんの美しいイラストとともに漢詩を紹介します。
今回のテーマは「季節」です。私たちの暮らしに寄り添い、古来変わらない季節の情感や風物を詠んだ、100の美しい漢詩の言葉や表現を取り上げます。唐代を代表する白楽天や李白、杜甫をはじめ、孟浩然、王維、范成大(はんせいだい)などの漢詩だけでなく、菅原道真や夏目漱石などの日本の漢詩も紹介します。
糸のようにしだれている柳の枝を「柳糸(りゅうし)」と表現します。これは「柳の枝がなびくように、私の思いもあなたになびく」と恋心を表す言葉でもあります。また、空をいうときに春は「蒼天」、夏は「昊天(こうてん)」、秋は「旻天(びんてん)」といいます。
そのものずばりの端的な表現もよいですが、多様でやさしく、美しい言葉や表現に触れることで、何気ない言葉でも想像がふくらみ、美しい風景が見えてきます。やさしく美しい言葉は、私たちの心を慰め、勇気を与えてくれます。古い詩が古典として残っているのは、いつの時代も人々がやさしさを欲しているからに違いありません。美しい言葉を入り口に豊かな漢詩の世界に触れてみてください。
〈著者〉
鷲野正明(わしのまさあき)
国士舘大学名誉教授。全日本漢詩連盟会長・千葉県漢詩連盟会長。NHK︲Eテレ「吟詠」の作品解説を担当。著書に『はじめての漢詩創作』(白帝社)、『漢詩と名蹟』(二玄社)、共著に『十八史略』(明治書院)ほか多数。監修に『漢詩の読み方・楽しみ方』(メイツ出版)、『中国の伝統色』(翔泳社)、『美しい中国の伝統色と文様』(ホビージャパン)などがある。